
保育園の苦情解決の仕組み|受付担当・第三者委員と記録の整え方
「苦情解決の記録、見せていただけますか」
監査でそう言われて、一瞬、手が止まったことはありませんか。
日々の保護者からの相談には、その都度ちゃんと向き合ってきた。園長にも報告したし、翌日には解決した。それなのに「記録は」と聞かれると、ノートの走り書きしか残っていない。そんな心当たりがあるかもしれません。
対応していなかったわけではないんです。ただ、対応することと、仕組みとして残すことが、別の作業だったというだけの話です。
結論:苦情解決の仕組みは、次の3つがそろっていれば形になります。①3つの役割(受付担当・解決責任者・第三者委員)を決めて名前を出す、②受付から解決までを1枚の記録に残す、③年に1回、件数と対応の概要を公表する。まずは①の名前が今の人になっているかを確かめるところからで十分です。
何が起きているか
福祉サービスを提供する事業者には、利用者からの苦情に適切に対応するよう努めることが、社会福祉法(第82条)で定められています。保育所の場合はさらに、児童福祉施設の設備・運営の基準や、特定教育・保育施設の運営基準の中でも、苦情を受け付ける窓口を設けることや、対応にあたって第三者が関わる仕組みを整えることが求められています。
そして、その具体的な進め方については、国が「福祉サービスに関する苦情解決の仕組みの指針」を示しています。多くの自治体の監査で見られているのは、この指針に沿った体制が園にあるか、という点です。
ここでつまずきやすいのは、「苦情対応」と「苦情解決の仕組み」が別物として見られていることです。
- 苦情対応:保護者の訴えを聞いて、園として答えを返す日々の実務
- 苦情解決の仕組み:誰が受け、誰が決め、誰が中立の立場で立ち会うかをあらかじめ決めて、記録と公表まで一巡させる体制
日々の対応は、どの園でも当たり前にやっています。でも「仕組み」のほうは、体制を決めた最初の年に規程を作ったきり、担当者が替わっても更新されないまま、というのがよくある姿です。
これは園の怠慢というより、きっかけがないと見直さない種類の書類だからです。誰も困っていないうちは、誰も開かない。監査の直前にファイルを開いて、掲示してある名前が3年前に退職した先生のままだと気づく——そんなことが起きます。
3つの役割を、まず整理する

指針が示している体制は、大きく3つの役割でできています。難しく考えなくて大丈夫です。「誰が受けるか」「誰が決めるか」「誰が外から見るか」の3つだけです。
1. 受付担当(苦情受付担当者)
保護者からの苦情を最初に受け止め、内容を記録し、解決責任者と第三者委員に報告する役割です。園の職員から選びます。主任やベテランの保育士、あるいは事務担当が担っている園が多いところです。
受付担当は、その場で答えを出す人ではありません。正確に受け止めて、正確につなぐ人です。日々の一次対応の具体的な進め方は 保護者の苦情、最初の一次対応で慌てないための順番 に整理しています。
2. 解決責任者(苦情解決責任者)
園として、どう対応するかを決める役割です。園長や施設長、法人の理事長などが担います。保護者と話し合い、園としての回答を出し、改善につなげるところまでを担当します。
3. 第三者委員
園の外の立場から、苦情の解決に関わる人です。ここがいちばん、園によって整備状況に差が出る部分です。
第三者委員に期待されているのは、次のような役割です。
- 苦情の受付そのものを、園を通さずに直接受けること
- 苦情の内容や解決の経過について、園から報告を受けること
- 保護者と園の話し合いに、必要に応じて立ち会うこと
- 保護者に対して、解決に向けた助言をすること
つまり、保護者が「園に直接は言いにくい」と感じたときの、もうひとつの入口です。だからこそ、中立性が大切にされています。選任の方法や、どんな立場の人がふさわしいか(社会福祉に見識のある方、民生委員・児童委員の方、地域の方など)は、指針や自治体の考え方に沿って決めます。法人の運営に直接関わる立場の人が務めると中立性の説明が難しくなることがあるため、選任の前に自治体の担当課に確認しておくと安心です。
なお、園の中で解決がつかないときの受け皿として、都道府県の社会福祉協議会に運営適正化委員会が置かれています。保護者向けの案内には、園の窓口と第三者委員に加えて、この委員会の連絡先も載せておくのが一般的です。
現場でつまずきやすいところ
掲示と重要事項説明書の名前が古い
いちばん多いのがこれです。受付担当の職員が異動・退職している、第三者委員の連絡先が変わっている、園長が交代しているのに掲示だけ前のまま。人が替わったら、掲示と重要事項説明書の両方を直す——このセットを覚えておくだけで、かなり防げます。掲示物をまとめて点検する手順は 監査前に見直したい運営規程と掲示物 にあります。重要事項説明書側の確認は 重要事項説明書の見直し、変わりやすい4項目から にまとめました。
「苦情」と呼ぶかどうかで迷って、記録が残らない
「これは苦情というほどでは……」と迷って、記録に残さないケースです。ここは線引きに悩むところですが、迷ったら受け付けて記録するほうが、後から見たときに困りません。記録が残っていて減点されることはまずありませんが、対応した事実が残っていないと、説明のしようがなくなります。
記録に残すかどうかは、園として一度決めておくと迷いが減ります。たとえば「保護者から園の対応について改善の申し出があったもの」「解決責任者まで報告が上がったもの」といった目安です。厳密でなくて構いません。園の中で共有されていることのほうが大事です。
第三者委員に、年に一度も連絡していない
名前は決まっていて、掲示もしてある。でも実際には、就任をお願いしたきり何年も連絡していない。これも珍しくありません。
苦情が0件だった年でも、「今年度は受付がありませんでした」と報告するだけで関係が続きます。年度末の事業報告のタイミングに合わせて、一報を入れる運用にしておくと自然です。連絡した記録も残ります。
解決したあとの「公表」が抜ける
指針では、個人情報に配慮したうえで、苦情解決の結果を事業報告書や広報誌などで公表することが求められています。件数と、どんな種類の申し出があり、どう改善したかの概要で足ります。個別の内容を詳しく書く必要はありません。むしろ、申出人が特定されない書き方にすることが大切です。
記録に残す項目
苦情受付書は、園独自の様式で構いません。自治体や法人が様式を用意している場合は、そちらに合わせます。最低限、次の項目が入っていれば、後から経過をたどれます。
- 受付日時/受付方法(来園・電話・連絡帳・アプリ・書面など)
- 申出人(匿名希望かどうかも記録する)
- 苦情の内容
- 申出人の要望(どうしてほしいのか)
- 第三者委員への報告について、申出人の同意があるか
- 解決責任者への報告日
- 第三者委員への報告日
- 話し合いの日時・出席者・内容
- 園としての回答と、その日付
- 改善したこと(再発防止のために変えたこと)
- 申出人への結果報告と、その受けとめ
このうち見落とされやすいのが、第三者委員へ報告することについての申出人の同意です。匿名を希望されているのに外部へ内容を伝えると、信頼を損ねてしまいます。受付の段階で「第三者委員にもお伝えしてよいか」を確認して、記録に残しておきます。
書類をどのくらいの期間とっておくかは 園の書類、保存年限をひと目で確認できる一覧 に整理しました。
明日からできる手順
一度に全部を整えなくて大丈夫です。順番に、小さく分けます。
- 掲示してある苦情解決の案内を、実際に見に行く:玄関や廊下に貼ってある紙を1枚、目で確かめます。受付担当・解決責任者・第三者委員の氏名と連絡先が、今の人になっているか。ここだけで5分です。
- 重要事項説明書の同じ欄と見比べる:掲示と説明書で名前が食い違っていることがあります。片方だけ直した名残です。
- 第三者委員の連絡先が今も通じるか確かめる:電話番号やメールアドレスが変わっていないか。就任の依頼から年数が経っていれば、あらためてご挨拶の連絡を入れます。
- 苦情受付書の様式が園にあるか探す:見つからなければ、上の項目を並べただけの1枚をWordかExcelで作ります。凝らなくて構いません。
- 今年度、受け付けた分を思い出して書き起こす:ノートやメールに残っているやりとりから、様式に転記します。記憶が新しいうちに1件でも埋めておくと、年度末が楽になります。
- 年度末の予定に「第三者委員へ報告」「事業報告への記載」を書き込む:年間の事務の流れに組み込むと忘れません。保育園の年間事務カレンダー と合わせて置いておくと、翌年の担当者にも伝わります。
苦情解決の体制や様式、公表の方法は、自治体や法人の要綱・規程によって細かい部分が異なります。この記事では具体的な様式や期限を断定していません。実際の整備にあたっては、園のある市区町村の指導監査の資料や、法人の規程を必ず確認してください。ここで整理しているのは、どの園でも共通して効く「段取り」の考え方です。
確認チェックリスト
忙しい日は、上の2つだけで十分です。この2つが押さえられていれば、後から大きく崩れることはまずありません。
- 【最低ライン】 掲示と重要事項説明書に載っている受付担当・解決責任者・第三者委員の氏名が、今の人になっているか
- 【最低ライン】 今年度受け付けた苦情について、受付から回答までを1枚でたどれる記録が残っているか
ここから先は、手が空いたときに少しずつで構いません。
- 苦情解決の規程(要綱)が園にあり、3つの役割が明記されているか
- 第三者委員の連絡先が今も通じるか確かめたか
- 苦情受付書の様式が用意され、職員が場所を知っているか
- 第三者委員への報告についての、申出人の同意を記録する欄があるか
- 保護者向けの案内に、運営適正化委員会の連絡先を載せているか
- 年に1回、第三者委員へ報告する機会を年間予定に入れているか
- 事業報告書などで、苦情解決の結果を(個人が特定されない形で)公表しているか
- 職員が「これは苦情として受け付けるか」に迷ったときの目安を、園内で共有しているか
監査で見られる書類全体の揃え方は 指導監査で見られる書類、慌てず揃える準備の基本 にまとめています。
最後に
苦情解決の仕組みは、保護者を疑うための制度ではありません。言いにくいことを、言える形にしておくための仕組みです。
保護者が本当に困っているとき、園に直接は言いづらいこともあります。そのときに「ここに言えばいい」という道が用意されていること。それ自体が、園の誠実さのかたちです。
そして仕組みを整えるのは、たいてい事務の仕事です。掲示の名前を書き直し、様式を1枚つくり、年に一度連絡を入れる。誰にも褒められない作業ですが、その積み重ねが、保護者が安心して子どもを預けられる土台になっています。
今日は、玄関の掲示を見に行くところまでで十分です。名前が今の人になっていれば、それだけで一歩前に進んでいます。
