
保育園のICT化が進まないとき|職員の抵抗を和らげて定着させる進め方
連絡アプリを入れて3か月。打刻は回りはじめたのに、保育日誌はいつの間にか紙に戻っている。タブレットは充電台に並んだまま。職員会議で「前のほうが早かったよね」という声が聞こえて、何も言えずに資料を閉じた——。
ICT化を任された事務担当や主任にとって、これはなかなかこたえる場面です。導入の準備をして、説明会も開いて、操作メモも配った。それでも使われない。「自分の進め方が悪かったのかな」と、ひとりで抱えてしまいますよね。
でも、そうとは限りません。職員の「使いたくない」は、多くの場合、反対ではなく不安と負担のサインです。今日は、その声を責めずに受け止めながら、少しずつ定着させていく進め方を一緒に整理していきましょう。
結論:ICT化が進まないときは、ツールを替える前に進め方を見直します。見直すのは3つだけ。①「誰の、どの手間が、どれだけ減るか」を1行で言えるようにする(目的が「ICT化」のままだと、現場には負担しか見えません)②一部・一機能から小さく試し、うまくいかなければ紙に戻れる道を残す ③「聞ける人」と「入力する時間」を勤務の中に用意する。抵抗の声は、この3つのどこが欠けているかを教えてくれるヒントです。
何が起きているか|ICT化への抵抗は「反対」ではなく不安の形
ICT化が止まる園で、職員が口にする言葉はだいたい似ています。そして、その奥にある気持ちもだいたい似ています。
- 「覚える時間がない」:保育中は子どもから目を離せません。新しい操作を覚えるのは、休憩や持ち帰りの時間を削ることになる——そう感じれば、手が伸びないのは自然です。
- 「画面ばかり見ていると思われたくない」:子どもの前でタブレットを触ることに、うしろめたさを感じる保育士は少なくありません。保護者の目が気になる、という声もよく聞きます。
- 「消えたらどうしよう」:紙なら手元に残る安心があります。入力したはずの記録が見当たらない経験を一度でもすると、紙に戻りたくなるのは当然です。
- 「今のやり方を否定された気がする」:長年工夫して整えてきた紙の様式が、ある日「古いもの」として扱われる。その寂しさは、操作の難しさよりも大きな壁になることがあります。
どれも、怠けているから出てくる言葉ではありません。子どもと記録をきちんと守りたいから出てくる言葉です。ここを「抵抗勢力」として扱ってしまうと、話はこじれます。まずは「この人は何を心配しているんだろう」と受け取るところから始めましょう。
もうひとつ、ICT化が止まりやすい構造的な理由があります。それは、手間が減る人と、手間が増える人が違うことです。たとえば日誌のアプリ化は、集計や転記をする事務・主任の手間は大きく減ります。一方で、書く側の保育士にとっては、最初のうち「慣れない入力が増えただけ」に見えがちです。打刻アプリが定着しやすく、日誌のアプリ化が止まりやすいのは、この差が理由のひとつです。
よくあるつまずき|こんな進め方だと止まりやすい
責めるためではなく、振り返りの目安として。ICT化が止まった園でよく見かける進め方です。心当たりがあっても大丈夫です。どれもあとから直せます。
- 全クラス・全機能を同じ日に切り替えた:困りごとが一斉に起きて、相談先がパンクします。
- 紙を同時にやめた:逃げ道がないと、不安はそのまま反発になります。
- 説明会を1回開いて終わりにした:操作は「聞いたとき」ではなく「使うとき」に分からなくなります。
- 入力の時間を決めなかった:結果的に、休憩や持ち帰りで入力することになり、負担感だけが残ります。
- 「なぜ使うのか」が「ICT化のため」「法人の方針だから」だけだった:自分の仕事のどこが楽になるのか、現場には見えていません。
こうした状態が続くと、紙とアプリの二重記録がこっそり残り、むしろ手間が増えてしまうことがあります。ICT化に疲れた空気の正体は、たいていこの二重記録です。
手順を小さく分けます|定着までの6ステップ

1. 「使いたくない」を、困りごととして聞く
最初にやるのは説得ではなく、聞き取りです。職員会議で全体に聞くより、ひとりずつ5分のほうが本音が出ます。聞き方はこの3つだけで十分です。
- 「今のやり方で、いちばん手間がかかっているのはどこですか」
- 「アプリを使っていて、困ったのはどんなときでしたか」
- 「これだけは紙のほうがいい、というものはありますか」
ここで出てきた声は、言い返さずにメモします。「それは慣れですよ」と返さないこと。返したくなる気持ちはわかりますが、その一言で、次から本音は出てこなくなります。
2. 目的を「誰の、どの手間が減るか」の1行にする
聞き取りの中から、ICT化で本当に軽くなる手間を1つ選び、1行の言葉にします。
- 悪い例:「業務効率化のため、ICT化を進めます」
- 良い例:「月末の出席の集計を、先生たちが手で数えなくていいようにします」
- 良い例:「日誌を書くとき、同じ子の名前や時刻を何度も書かなくていいようにします」
主語が「園」ではなく「先生たち」になっているかがポイントです。自分の手間が減ると分かれば、多少の慣れない操作は乗り越えてもらいやすくなります。逆に、書く側の手間が減らない機能なら、無理に広げずに見送る判断もありです。
3. 一部・一機能から試し、紙に戻れる道を残す
切り替えは小さく始めます。
- 範囲を絞る:まず1クラス、または使ってみたいと言ってくれた人だけ
- 機能を絞る:日誌なら「その日の様子」の欄だけ、など1つに絞る
- 期間を決める:「1か月だけ試して、そのあと続けるか一緒に決めましょう」
- 紙を残す:試している間は、紙の様式も手元に置いておく
「合わなければ戻れる」と分かっているだけで、試す気持ちのハードルはぐっと下がります。紙とアプリの並行期間の組み方は、登降園を打刻アプリに切り替えるときの移行手順の二重運用の考え方がそのまま使えます。
4. 「聞ける人」を決めて、操作メモを1枚にする
操作がわからなくなるのは、説明会のときではなく、夕方の忙しい時間に実際に入力するときです。そのときに気軽に聞ける人を1人決めておきます。
聞ける人は、いちばん詳しい人でなくて大丈夫です。若手に任せきりにする必要もありません。話しかけやすい人であることのほうが大事です。そして、よく聞かれることは、A4用紙1枚の操作メモにまとめてタブレットの近くに置いておきます。写真入りで「ここを押す」が分かるだけで、質問はかなり減ります。
5. 入力の時間を、勤務の中に確保する
ICT化が持ち帰り仕事を増やしてしまっては本末転倒です。午睡中の15分、子どもと直接関わらない時間(ノンコンタクトタイム)など、入力する時間をシフトの中に書き込みます。
子どもの前で端末を触ることにためらいがある園なら、「保育室ではメモ程度、入力は職員室で」と場所を分けるのもひとつの方法です。端末の置き場所や持ち出しのルールは、保育園のタブレット管理|職員みんなで使える端末ルールの作り方にまとめています。
6. 1か月後に振り返り、減った手間を見える化する
試した期間が終わったら、使った人と一緒に振り返ります。
- 前より楽になったこと(例:月末の集計が30分かからなくなった)
- まだ困っていること
- 続けるか、やり方を変えるか、やめるか
楽になったことは、具体的な言葉で職員全体に共有します。「〇〇組さんで試したら、月末の集計がほとんどいらなくなりました」——同僚の実感は、どんな説明会よりも伝わります。次に広げるときは、この声を入口にしましょう。
そして、やめる判断も失敗ではありません。園に合わない機能を見極められたことも、立派な前進です。
そのまま使える声かけ文例
園の言葉づかいに合わせて、入れ替えて使ってください。
① 職員会議で、もう一度切り出すとき
アプリを入れてから、使いにくいところや手間が増えたところがあったと思います。進め方を急ぎすぎたかもしれません。
今回は全部を一度に切り替えるのではなく、まず〇〇組さんで、日誌の「その日の様子」の欄だけ1か月試してみたいと思っています。合わなければ紙に戻します。そのあいだ、困ったことがあればいつでも声をかけてください。
② 紙のやり方に慣れているベテランの先生へ
先生の日誌の書き方は、子どもの様子がすごく伝わるので、私もいつも参考にしています。
その良さをなくしたいわけではなくて、月末の集計や転記の手間を減らせないかと思っています。もしよければ、使ってみて「ここが書きにくい」というところを教えてもらえませんか。先生の意見が、いちばん現場に合う形に近づけてくれると思うんです。
③ 「やっぱり紙のほうが早い」と言われたとき
そう感じますよね。慣れたやり方のほうが早いのは当然だと思います。
どのあたりで時間がかかっているか、一緒に見てもらえますか。設定や定型文で短くできるところがあるかもしれませんし、もしその部分は紙のほうがいいなら、そこは紙のままにしましょう。
ポイントは、相手のやり方をまず認めることと、戻れる選択肢を本気で用意することです。「意見を聞く」と言いながら結論が決まっていると、それは必ず伝わります。
進め方を変えると、何が変わるか
小さく試して振り返る進め方に変えると、目に見えて変わるのは「反対の声の質」です。「使いたくない」が「ここが使いにくい」に変わってきます。後者は、設定や運用で直せる具体的な話です。
逆に、全体に一気に広げて押し切る進め方を続けると、表向きは使っているように見えて、裏で紙のメモが残り続けることがあります。職員の負担が増えるだけでなく、どちらが正しい記録なのか分からなくなるのは、監査の面でも避けたいところです。記録の扱いを決めるときは、紙の帳票をなくす前に決めておきたい保育園の運用ルールもあわせて確認しておくと安心です。
確認チェックリスト
全部そろえるのは大変です。最低ラインは、①反対の声を困りごととして聞いた②目的を「誰の手間が減るか」の1行にした③紙に戻れる期間を決めた、の3点。ほかは、試しながら少しずつ整えれば十分です。
- 【最低ライン】使いたくない理由を、ひとりずつ聞いたか(言い返さずにメモしたか)
- 【最低ライン】目的を「誰の、どの手間が減るか」の1行で言えるか
- 【最低ライン】試す期間と、合わなければ紙に戻る道を決めたか
- 範囲(クラス・人)と機能を1つに絞って始めたか
- 気軽に聞ける人を決めて、職員に伝えたか
- よく聞かれる操作を、写真入りのメモ1枚にまとめたか
- 入力する時間を、休憩や持ち帰りではなく勤務の中に確保したか
- 子どもの前で端末を使う場面と、職員室で入力する場面を分けて考えたか
- 1か月後の振り返りの日を、先に決めておいたか
- 楽になったことを、具体的な言葉で職員全体に共有したか
- 紙とアプリの二重記録が、いつまでも残っていないか
なお、どの機能を使うか・端末をいくつ用意するかは、園の規模や使っているシステムによって変わります。システムそのものが園に合っていないと感じたら、保育ICTシステムの選び方:迷わないための比較ポイントで、困りごととの相性を見直してみてください。

ICT化を任された人は、園の未来と、今日の現場の忙しさのあいだに立っています。「使ってほしい」と「無理をさせたくない」のあいだで揺れるのは、どちらも大事にしているからです。
職員の「使いたくない」に向き合っている時点で、あなたはもう、ただ道具を入れる人ではなく、園の働き方をいっしょに整えている人です。表に出にくい事務の仕事が、園の安心を支えています。
明日から全部を変えなくて大丈夫です。まずは1人だけ、「今いちばん手間がかかっているのはどこですか」と聞いてみてください。そこから、園に合ったICT化が始まります。
よければ、こちらも
ICT化を少しずつ進めるときは、次の記事もあわせてどうぞ。
- 書類づくりを少し楽にするICT化の始め方
- 指導計画・保育日誌をアプリで書く|入力がラクになる項目と定型文の整え方
- 保育園の職員間の情報共有|チャットで申し送りもれを減らす整え方
- 会計・給与ソフトの導入|手作業から移行する手順と並行稼働のコツ