事務室の電話を切ったところで、メモ用紙に職員のけがの状況を書きとめている保育園の事務担当者

保育園の労災・通勤災害|起きたときの手続きと園に残す記録の流れ

「すみません、さっき子どもを抱き上げたときに腰を……」

夕方の職員室で、そう申し訳なさそうに言われたことはありませんか。あるいは朝、出勤時刻の少し前に「自転車で転んでしまって、病院に行きます」と電話が入る。受話器を置いたあと、心配と同時に、頭の中に「これ、労災の手続きってどうするんだったか」が浮かんでくる。

保育の現場は、体を使う仕事です。抱っこ、おんぶ、低い姿勢での声かけ、園庭を走る子どもの間に入る。どれだけ気をつけていても、けがや痛みはゼロにはできません。それでも園の事務としては、労災の手続きに触れる機会が年に何度もあるわけではないので、いざというときに手が止まってしまいます。

結論:やることは大きく3つです。①病院で「労災です」と伝えてもらう(健康保険証を出さない)/②「仕事中」か「通勤中」かを分ける/③その区分に合った様式を選び、園が証明欄を書く。そして、4日以上休むことになったときだけ、労働基準監督署への報告が別に必要になります。まずは①だけでも本人に伝わっていれば、あとの手続きはずいぶん楽になります。

全部を今日覚えなくて大丈夫です。順番に見ていきましょう。

まず、その日のうちにやること

けがの手当てと受診が最優先なのは言うまでもありません。そのうえで、園の事務として押さえたいのは次の2つです。

1. 受診するとき「仕事中(通勤中)のけがです」と病院に伝えてもらう

これがいちばん大事です。窓口で健康保険証(マイナ保険証を含みます)を出してしまうと、あとで健康保険の側に7割分を返して労災に切り替える、という手間のかかるやり直しが発生します。慌てている本人が言い忘れることは本当によくあるので、電話で聞いた時点で「病院では労災だと伝えてくださいね」と一言添えるのが、いちばん効く一手です。

もし出してしまっても、直せます。加入している健康保険(協会けんぽや健保組合)と、園を管轄する労働基準監督署に連絡すれば、切り替えの手順を教えてもらえます。責める話ではありません。

2. 起きたことをメモに残す

記憶は驚くほど早く薄れます。その日のうちに、次の項目だけでも書き留めておきます。

このメモが、後で書く請求書の「災害の発生状況」欄の下書きになります。あらためて聞き直す手間が省けるだけでなく、本人にとっても「ちゃんと園が受け止めてくれた」という安心につながります。

「仕事中」と「通勤中」で、手続きの道が分かれる

労災保険には、仕事中のけが(業務災害)と、通勤の行き帰りのけが(通勤災害)という2つの入口があります。同じ労災保険ですが、使う様式が違い、給付の名前も少し違います。だからここを最初に分けておくと、あとの作業が迷わなくなります。

労災の2つの入口を示した図。左は保育室で子どもを抱き上げて腰を押さえている保育士、右は通勤途中の道で自転車ごと転んでいる職員
入口はふたつ。園にいる間に起きたなら「仕事中」、家と園の行き帰りで起きたなら「通勤中」です。

仕事中(業務災害)にあたりやすいもの

通勤中(通勤災害)にあたりやすいもの

通勤災害は「住居と園の間を、合理的な経路と方法で移動している間」が対象です。寄り道(逸脱)や、途中でまったく別のことを始める(中断)と、原則そこから先は通勤として扱われません。ただし、日用品の買い物のような日常生活上必要な行為で、最小限のものであれば、元の経路に戻った時点から通勤として扱われます。

保育園でよくあるのが、自分の子どもを別の保育所に預けてから出勤するケースです。これは通勤の経路として認められることが多いのですが、寄り道の距離や状況によって判断が変わります。迷うときは、園を管轄する労働基準監督署に電話で聞くのがいちばん早いです。「通勤災害になるか判断したい」と伝えれば、状況を聞いて教えてもらえます。

腰痛のように、はっきりした瞬間がないものは判断が難しいこともあります。ただ、「その日その場で、この動作をしたときに痛めた」という出来事がはっきりしている場合は、業務災害として認められやすいとされています。園として「これは労災にならないだろう」と先に線を引かず、まずは本人に受診してもらい、迷う点は労基署に相談する形が安全です。

「労災を使うと園に不利になるのでは」という不安について

これは、口に出しにくいけれど多くの園で共有されている不安だと思います。まっすぐ整理しておきます。

不安の正体が分かると、対応がずいぶん落ち着きます。「園を守るために使わない」ではなく、「職員を守るためにある制度を、正しく使う」という順番で考えて大丈夫です。

様式は、2つの質問で選べる

請求書の様式は種類が多く見えますが、選び方はシンプルです。「仕事中か、通勤中か」と、「行った病院が労災指定医療機関かどうか」の2つで決まります。

労災指定医療機関というのは、労災保険の取り扱いをしている病院・診療所のことです。ここなら窓口での支払いが不要で、請求書は病院に出せば病院から労基署へ回してもらえます。指定外の病院だと、いったん全額を立て替えて、あとから請求して戻ってくる形になります。

区分労災指定医療機関指定外の医療機関
仕事中(業務災害)様式第5号 → 病院に提出様式第7号(1) → 立替後に労基署へ
通勤中(通勤災害)様式第16号の3 → 病院に提出様式第16号の5(1) → 立替後に労基署へ

休業したときの請求は、また別の様式です。

区分休業の給付を請求する様式
仕事中(業務災害)様式第8号
通勤中(通勤災害)様式第16号の6

様式は厚生労働省のサイトからダウンロードできます。園の事務としては、この表を1枚印刷して労務のファイルに挟んでおくだけで、いざというときの迷いが消えます。

なお、通勤災害の療養給付では、初回に200円程度の一部負担金があります(休業給付から差し引かれる形です)。本人に「窓口が完全に無料にならないことがある」と伝えておくと、驚かせずにすみます。

園が書く欄と、休業したときの取り扱い

請求書には、事業主(園・法人)が証明する欄があります。書くのは主にこの3つです。

労働保険番号は、労働保険の年度更新の書類(申告書)や、成立届の控えに載っています。探すのに時間がかかりがちなので、先にメモしておくのが、この記事でいちばんおすすめしたい準備です。

災害の発生状況は、飾らず、見たまま書けば十分です。「2026年8月31日午前10時ごろ、2歳児クラスの保育室で、床に座っていた園児を抱き上げようとした際に腰部に痛みが生じた」——このくらい具体的なら通ります。曖昧に書くと、あとから労基署に確認され、かえって手間が増えます。

休んだときの最初の3日間(待期期間)は、労災保険からは支給されません。ここが混乱しやすいところです。

4日目からは労災保険の給付になります。給与計算のときに、この3日分の扱いを忘れがちなので、締めの作業に入る前に確認しておくと安心です。締めから支給までの流れは 保育園の勤怠から給与計算まで、締め日から支給日までの流れ にまとめています。

また、通勤中の交通事故のように相手のいる事故では、「第三者行為災害届」という書類が別に必要になります。相手の連絡先と、警察に届け出た証明(交通事故証明書)が必要になるので、本人には必ず警察を呼んでもらうよう伝えてください。

4日以上休むときは、労働基準監督署への報告が別にある

ここは請求書とは別の話です。職員が仕事中のけがで休んだとき、園は労働者死傷病報告を労働基準監督署に提出します。休んだ日数で提出の形が変わります。

2025年1月から、この報告は電子申請が原則になりました。厚生労働省の電子申請システム(労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に対応したもの)から手続きします。園の実情で電子申請が難しい場合の取り扱いも含め、初回は所轄の労働基準監督署に一度確認するのが確実です。一度やり方が分かれば、次からは同じ手順で進められます。

そして、うっかりしやすいのがここです。子どものけがの報告と、職員のけがの報告は、まったく別のルートです。

誰のけがか報告先・種類
園児自治体への事故報告(重大事故の場合)/園内の事故記録
職員労災保険の請求/労働者死傷病報告

同じ出来事で、園児と職員の両方がけがをすることもあります。そのときは両方が必要です。園内の記録づくりは 事故・ヒヤリハットの記録、責めずに次へつなげる残し方 に整理しています。

園に残しておくものは、3つで足ります

書類が多くて大変に見えますが、園として保管するのは実質この3つです。

  1. 発生時のメモ(先ほどの6項目。手書きで構いません)
  2. 提出した請求書の控え(コピーで十分。提出日を書き添える)
  3. 労働者死傷病報告の控え(提出した場合)

これを職員ごとのファイル、あるいは年度ごとの「労災」ファイルにまとめておきます。あとから本人が「あのときの手続き、どうなっていましたか」と聞いてきたときに、すぐ答えられる状態が理想です。書類の保存年限の考え方は 文書の保存年限一覧を作って、監査前の探し物を減らす を参考にしてください。

同時に、再発を防ぐ側の記録も一緒に残せると理想的です。「抱き上げるときの姿勢を職員会議で共有した」「階段の滑り止めを付け替えた」といった一行で構いません。指導監査でも、事故の後に園がどう動いたかは見られる部分です。書類の揃え方は 指導監査で見られる書類、慌てず揃える準備の基本、園内設備の点検は 保育園の遊具・施設の安全点検|記録の残し方と月ごとの回し方 にまとめています。

明日やること

明日ひとつだけやるなら、A4を1枚、「労災メモ」として作ることです。書くのはこれだけです。

【労災が起きたときのメモ】

■ まず本人に伝えること
 病院では「仕事中(通勤中)のけがです」と伝える。健康保険証は出さない。

■ 園の労働保険番号
                 (年度更新の申告書に記載)

■ 所轄の労働基準監督署
 名称:            電話:

■ 近くの労災指定医療機関
                 (整形外科・内科をひとつずつ)

■ 様式の選び方
 仕事中 × 指定医療機関 → 様式第5号(病院へ)
 仕事中 × 指定外    → 様式第7号(1)(労基署へ)
 通勤中 × 指定医療機関 → 様式第16号の3(病院へ)
 通勤中 × 指定外    → 様式第16号の5(1)(労基署へ)
 休業したとき → 仕事中は様式第8号/通勤中は様式第16号の6

■ 4日以上休んだら
 労働者死傷病報告(様式第23号)を遅滞なく提出(電子申請が原則)

このうち、労働保険番号と、所轄の労基署の電話番号だけでも埋まっていれば、その日の動き出しがまったく違います。近くの労災指定医療機関は、厚生労働省の検索ページで市区町村から探せます。10分もかからないはずです。

確認チェックリスト

労災の手続きは、頻度が低いぶん、毎回ゼロから調べ直すことになりがちです。でも、事務の側が段取りを知っていると、けがをした職員は「あとのことは任せて休んでいい」と思えます。それは、痛みを抱えている人にとって、思っている以上に大きな支えです。

けがから復帰した職員を、事務室で穏やかに迎えている保育園の事務担当者

けがや事故は、どれだけ気をつけていても起きるときは起きます。起きたことを園の落ち度として抱え込みすぎず、「使える制度をきちんと使う」ほうへ手を動かせれば、それで十分です。今日はまず、労働保険番号を1行メモするところからで大丈夫です。

よければ、こちらも

労務まわりの手続きの話を、いくつか置いています。